大阪地方裁判所堺支部 昭和60年(ワ)800号 判決 1996年6月26日
主文
一 本件訴えのうち、被告会社株主総会における別紙(一)、(二)、(四)から(七)の各決議の不存在確認を求める部分を却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
第一 請求
事実及び理由
一 昭和五九年五月一二日に大阪府堺市小阪所在の小阪会館において開催された被告会社の定時株主総会における別紙(一)記載の決議が不存在であることを確認する。
二 昭和六〇年五月一一日に右同所において開催された被告会社の定時株主総会における別紙(二)記載の決議が不存在であることを確認する。
三 昭和六〇年一〇月一九日に右同所において開催された被告会社の臨時株主総会における別紙(三)記載の決議が不存在であることを確認する。
四 昭和六一年五月一〇日に右同所において開催された被告会社の定時株主総会における別紙(四)記載の決議が不存在であることを確認する。
五 昭和六三年五月一五日に右同所において開催された被告会社の定時株主総会における別紙(五)記載の決議が不存在であることを確認する。
六 平成二年五月三一日に右同所において開催された被告会社の定時株主総会における別紙(六)記載の決議が不存在であることを確認する。
七 平成四年五月三〇日に右同所において開催された被告会社の定時株主総会における別紙(七)記載の決議が不存在であることを確認する。
八 平成六年五月二九日に右同所において開催された被告会社の定時株主総会における別紙(八)記載の決議が不存在であることを確認する。
第二 事案の概要
一 本件訴訟の概要
本件は、被告会社の株主である原告が、被告会社に対し、昭和五九年五月一二日の株主総会における役員選任決議について、議案の上程がなく、議長一任という正義に反する方法を用いて選任がなされたことなどを主張し、その不存在確認を求め、あわせて、右決議に続く各株主総会決議について、すべて招集権のない役員によって招集された総会によるものであるなどと主張し、それらの不存在確認を求めた事案である。
二 当事者間に争いのない事実等
1 原告は、被告会社の発行済株式総数六〇万株のうち七万〇二〇〇株を有する株主である。(当事者間に争いがない。)
2 被告会社は、昭和五九年五月一二日に別紙(一)、同六一年五月一〇日に別紙(四)、同六三年五月一五日に別紙(五)、平成二年五月三一日に別紙(六)、同四年五月三〇日に別紙(七)、同六年五月二九日に別紙(八)各記載の株主総会決議(以下、別紙(一)記載の決議を「本件第一決議」といい、他の決議についてもこれに準ずる。)をしたとして、右各決議による役員選任登記をなした。(当事者間に争いがない。)
3 被告会社は、昭和六〇年五月一一日に本件第二決議を、同年一〇月一九日に本件第三決議をしたとして、その旨の総会議事録を作成した。(乙三、四)
三 争点
1 本件第一決議が存在するか。
(原告の主張)
本件第一決議は、<1>取締役会決議に基づかずに代表取締役が招集した株主総会におけるものであり、<2>右総会においては、取締役、監査役等の役員候補者名を明らかにして議案を上程することがなされず、<3>決議方法としては、「議長一任」との提案を受けて議長が役員を指名するという議長が権限外の行為をなす方法により行われたのであり、<4>しかも、右指名を受けた者のうちに被告会社代表者納谷哲雄が含まれていなかった。
したがって、本件第一決議は、その手続に著しい瑕疵があったから、存在しないというべきである。
(被告会社の主張)
本件第一決議については、<1>招集についての取締役会が開かれており、<2>議案の上程も適法になされ、<3>議長一任という決議の方法が理想的な方法ではないにしても、出席者がこれを承認したものであり、<4>指名を受けた者には議長も含まれていたといえるから、著しい手続的瑕疵はなかったというべきであり、決議が存在する。
2 本件第二から第五の各決議が存在するか。
(原告の主張)
本件第二から第五の各決議は、本件第一決議が不存在であることにより連鎖的に代表取締役がいない状況で、権限のない者によって招集された株主総会における決議であって、著しい手続的瑕疵があり、かつ、本件第四及び第五の各決議は事実上存在しなかったから、いずれも決議が存在しないというべきである。
(被告会社の主張)
本件第二から第五の各決議は、手続的にも適法に行われており、存在するというべきである。
仮に、本件第一決議に瑕疵があったとしても、第一決議によって選任され代表取締役の外観をもった者がなした行為は、法律関係の安定の要請からその効力が否定されるべきでない(事実上の取締役の理論)。
3 本件第六、第七の各決議が存在するか。
(原告の主張)
本件第六、第七の各決議がなされたとされる株主総会では、右各決議はなされていない。被告会社主張のように他の期日における株主総会決議の流用を認める法理は存在しない。仮に、流用が認められるとしても、被告会社主張の平成元年五月二八日及び同三年五月三〇日の各株主総会決議は事実上存在しなかったし、また、これらが存在したとしても、本件第一決議が不存在であることにより連鎖的に代表取締役がいない状況で、権限のない者によって招集された株主総会における決議であって、著しい手続的瑕疵があった。
(被告会社の主張)
本件第六決議は、平成元年五月二八日に行った株主総会における決議を、本件第七決議は、同三年五月三〇日に行った株主総会における決議を、それぞれ流用したものである。
4 本件第八決議が存在するか。
(原告の主張)
本件第八決議は、事実上存在せず、かつ、本件第一決議が不存在であることにより連鎖的に代表取締役がいない状況で、権限のない者によって招集された株主総会における決議であって、著しい手続的瑕疵があるから、決議は存在しないというべきである。また、本件第八決議にも、流用という方法が用いられている可能性があるが、平成五年五月三〇日の株主総会決議が存在しないこと、被告会社主張の流用が認められないことは、前記と同様である。
(被告会社の主張)
被告会社は、平成五年五月三〇日の株主総会において役員選任決議をなし、これを同六年五月二九日の株主総会決議に流用する運びであったが、前二期における決議の時期と登記簿上の記載との不一致を解消するため、同日の株主総会において改めて本件第八決議を行った。仮に、本件第六、第七の各決議が存在しないとしても、それにみあう各株主総会決議で役員が適法に選任されているから、本件第八決議は、権限ある代表取締役によって招集された株主総会における決議であって、手続上の瑕疵はない。
なお、本件第八決議についても前同様の流用があることを一旦認めたが、これは真実に反し錯誤に基づく陳述であったから、右自白を撤回する。
(原告の主張)
被告会社の右自白の撤回は、真実に反しておらず錯誤に基づくものでもないので、許されない。
5 訴えの利益の有無。
(原告の主張)
訴えの利益がある。
(被告会社の主張)
後に有効な役員選任決議がなされている以上、過去に遡って役員選任決議の不存在確認を求める訴えの利益はないというべきである。
本件第二決議は、手続的瑕疵があると主張されたため、本件第三決議でやり直されたものであるから、その不存在を確認する利益はない。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 証拠(甲一、一〇、一五、二一、二二、二五、二六、検甲一、乙二の1・2、原告本人、被告会社代表者((第一回))((一部)))によると、<1>被告会社代表取締役において、取締役会決議を経ることなく、昭和五九年五月一二日開催の定時株主総会を招集し、同総会において本件第一決議がなされたこと、<2>右総会の招集通知書には、議案として、営業報告書等の承認の件のほかに、「取締役並びに監査役任期満了につき改選の件」との記載があったこと、<3>右総会では、被告会社代表者(議長)が役員の改選方法について出席株主に諮り、被告会社代表者から意見を求められた訴外堀内秋夫において、役員(社長)に一任する旨発言し、被告会社代表者がこれを受けて議長一任で異議がないかどうかを出席株主に諮ったところ、積極的な異議がなかったので、被告会社代表者が本件第一決議の内容に沿う指名をして議案の審議を終了したこと、<4>右指名の際、取締役として被告会社代表者を除く本件第一決議にかかる六名の氏名が挙げられ、被告会社代表者の名前は挙げられなかったが、選任される取締役の人員は七名であると明言されたから、被告会社代表者を含む趣旨であったと窺えるし、被告会社代表者が選任(重任)された旨の株主総会議事録が作成され、右総会と同日に行われた取締役会でも、被告会社代表者の代表取締役重任が決議されており、被告会社代表者については指名されることが当然の前提で、これについて出席株主も特に異論はなかったことが認められる。
なお、被告会社代表者の供述(第一回)中には、右株主総会の招集について取締役会決議がなされた旨の部分があるが、被告会社の取締役である原告に右取締役会招集の通知がなされなかったと認められること、右取締役会議事録が証拠として提出されず、その理由もはっきりしないことに照らすと、右取締役会決議があった旨の被告会社代表者の供述部分は信用できない。
2 右認定事実によると、本件第一決議は、権限を持つ被告会社代表者により招集された総会においてなされたもので、決議に当たっては出席者の異議の有無を問う形で出席株主の意思が一応反映されており、物理的にみると決議が存在したといわざるを得ない。ただし、招集過程(商法二三一条。なお、同法二三二条二項の会議の目的たる事項は記載があるといえる。)や決議方法(取締役が、代表取締役の選任母体たる取締役会の構成員で、代表取締役を監視することも職務とすることからすると、取締役の選任を代表取締役たる議長に一任する方法は、適法性の問題はともかくして、その妥当性には疑問がある。)に手続的な瑕疵があったことは否定できず、この点を非難されてもやむを得ないが、前記のとおり出席株主の意思が一応反映する形で決議がなされていることなどの事情に鑑みると、右の点をもって、決議の取消事由を超えて、決議の存在を否定するほどの著しい瑕疵であるとまでいうことはできない。
3 以上により、本件第一決議が不存在であるとの原告の主張は採用できない。
二 争点2について。
1 証拠(甲五から一一、一六、一八、二一、二三、二四、二九、三〇、検甲二、三、乙三、四、五の1・2、六の1・2、原告本人、被告会社代表者((第一・二回)))によると、本件第二から第五の各決議が物理的に存在したことは明らかであるが、本件第二決議には、招集通知期間不足等の点において招集過程(商法二三二条一項)に、本件第四、第五各決議には、本件第一決議同様決議方法に、それぞれ瑕疵があったことが認められる。ただし、右各瑕疵は、決議の取消事由を超えて、決議の存在まで否定するほどの著しい手続上の瑕疵であったとはいえないというべきである。
2 原告は、本件第一決議が不存在であることにより、本件第二から第五各決議は、権限のない者によって招集された株主総会における決議であって、著しい手続的瑕疵がある旨主張するが、前記一のとおり本件第一決議は存在しているというべきであるから、原告の右主張はその前提を欠き、これを採用することはできない。
三 争点3について。
本件全証拠によるも、本件第六、第七決議が物理的になされたことを認めることはできず、かえって、証拠(甲二七、二八、三九、四〇、検甲四、五、乙七の1、八の1、一〇から一三、一六、一八、被告会社代表者((第二回)))及び弁論の全趣旨によると、本件第六、第七決議による各役員選任登記は、各前年になされた役員選任決議が流用されたことが認められる。右のような流用を認める法令上ないし理論上の根拠はなく、その必要性もないから、本件第六、第七決議は不存在であるといえる。
四 争点4について。
1 証拠(甲四一、乙一四、二〇、二一、原告本人、被告会社代表者((第二回)))及び弁論の全趣旨によると、被告会社は、平成五年五月三〇日に開催された株主総会において本件第八決議と同一内容の決議をしたが、本件第六、第七の各決議についてなした流用の方法を弁護士等の指導に従って改めることとし、平成六年五月二九日開催の株主総会において、改めて本件第八決議をやり直したことが認められる。
なお、右認定事実及び弁論の全趣旨によると、本件第八決議についても流用があることを一旦認めた被告会社の陳述は、真実に反して錯誤に基づくものといえるから、撤回が許される。
2 原告は、本件第一決議が不存在であり連鎖的に代表取締役がいない状況で、権限のない者によって招集された株主総会における決議が本件第八決議である旨主張する。本件第一決議が存在することは前記一のとおりであるが、前記三のとおり本件第六、第七の各決議は不存在であるから、本件第八決議に関して被告会社代表者の株主総会招集権限が問題になり得る。しかしながら、前記三で掲げた証拠によると、本件第六、第七決議で流用された各前年の役員選任決議が物理的に存在し、本件全証拠によるもその効力を否定すべき事情は見出せないから、被告会社代表者のなした本件第八決議にかかる株主総会の招集は適法なものとみるべきである。
五 争点5について。
1 一般に、株主総会における役員選任決議の効力の否定を求める訴え(取消し、無効・不存在確認の各訴え)については、最終の役員選任決議により役員就任があれば、それ以前に任期が満了して退任した役員の選任決議に関する訴えは、特段の事情の無いかぎり、訴えの利益を欠くというべきである(昭和四五・四・二最高一小・民集二四・四・二二三、同四三・四・一二最高二小・裁判集九〇・九八一参照)。けだし、最終の役員選任決議については、その効力が否定されれば新たな役員選任が必要となるから、決議の効力を否定する実益があるが、それ以前の決議については、その効力が否定されても新たな役員選任が必要となるなどの実益がなく、原告勝訴判決に対世効がある訴えの性格からして会社や株主全体に実益がある等の特段の事情が必要と考えられるからである。
本件においては、本件第八決議が最終の役員選任決議であるところ、それ以前の役員選任決議である本件第一、第四から第七各決議については、これらの不存在確認についての特段の事情の主張、立証がないから、訴えの利益がないというべきである。
なお、被告会社は本件第六、第七決議についての原告の請求を認めたが、原告勝訴の判決には対世効がある(商法二五二条、一〇九条)から、被告会社において請求を認諾することはできないし、訴訟要件についての判断が優先される。
2 証拠(甲五から八、乙三、四)及び弁論の全趣旨によると、本件第三決議は、本件第二決議のなされた株主総会について原告から招集通知期間の瑕疵を指摘されたため、改めて臨時株主総会を開いて本件第二決議の内容を再確認したものであることが認められるから、本件第三決議とは別に本件第二決議の不存在確認を求める訴えの利益はない。
第四 結論
以上により、原告の本訴請求のうち本件第一、第二、第四から第七の各決議の不存在確認を求める部分は訴えの利益を欠くので、右部分について訴えを却下し、本件第三、第八の各決議の不存在確認を求める原告の請求は理由がないので、右部分について原告の請求を棄却することとする。
(別紙)
(一) 昭和五九年五月一二日(本件第一株主総会)
納谷哲雄、中谷一郎、中谷一正、納谷吉郎、納谷通弘、納谷恒次及び納谷計男をそれぞれ取締役に、納谷弘及び納谷健一をそれぞれ監査役に各選任する旨の決議
(二) 昭和六〇年五月一一日(本件第二株主総会)
営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び損失金処分案承認の件についての決議
(三) 昭和六〇年一〇月一九日(本件第三株主総会)
営業報告書、貸借対照表、損益計算書及び損失金処分案承認の件についての決議
(四) 昭和六一年五月一〇日(本件第四株主総会)
納谷哲雄、中谷一郎、中谷一正、納谷吉郎、納谷通弘、納谷恒次及び納谷計男をそれぞれ取締役に、納谷弘及び納谷健一をそれぞれ監査役に各選任する旨の決議
(五) 昭和六三年五月一五日(本件第五株主総会)
納谷哲雄、中谷一郎、中谷一正、納谷吉郎、納谷通弘、納谷恒次及び納谷計男をそれぞれ取締役に、納谷弘及び納谷健一をそれぞれ監査役に各選任する旨の決議
(六) 平成二年五月三一日(本件第六株主総会)
納谷哲雄、中谷一正、納谷吉郎、納谷通弘、納谷恒次及び納谷計男をそれぞれ取締役に、納谷弘及び納谷健一をそれぞれ監査役に各選任する旨の決議
(七) 平成四年五月三〇日(本件第七株主総会)
納谷哲雄、中谷一正、納谷吉郎、納谷通弘、納谷恒次及び納谷計男をそれぞれ取締役に、納谷弘及び納谷健一をそれぞれ監査役に各選任する旨の決議
(八) 平成六年五月二九日(本件第八株主総会)
納谷哲雄、中谷一正、納谷吉郎、納谷通弘、納谷弘及び納谷計男をそれぞれ取締役に、納谷宏武及び納谷健一をそれぞれ監査役に、各選任する旨の決議